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2019年12月15日

屈辱と敗北

1週間の終わりにグリストラップという、排水路の脂除去装置のような貯水槽を掃除するんです。

グリストラップとは、うまい料理とは対極に当たる不要なモノ、灰汁、脂、汚水、ゴミを排泄する、人間で言うところの肛門みたいな店の大事な臓器を掃除する儀式があるのです。

 

大事でありながらも、そこは私たちの恥部でみんなが手を挙げて掃除したいと思わない場所です。

 

今日、そこを私が気合を入れて掃除しましたが、仕上げのクライマックス、シンクに貯めた熱熱のお湯を一気に流し込み、汚物や脂とともに、自民党のあらゆる不正や桜を見る会、モリカケ問題、共通試験問題、シュレッダーが混雑していて使えなかったよ問題などを国会閉幕とともに見えなくしてしまえ!俺は森羅万象を司る神として降臨した安倍なのだ!ウハハハハ!

と、やろうとした瞬間、私の両足が滑ってズッポリ。

熱熱のお湯と汚物と脂と自民党がゴッチャになった液体の中にハマってしまった…

 

なんと言う事だ。

俺は安倍の悪行と汚物を水に流して忘れようとしただけなのに…

森羅万象の神、安倍恐るべし。

ナイフで切るという事

国見さんが、鼻の穴を大きく広げて

俺の嫁さん可愛いだろ

とフガフガ言うのであっさり認めて肉を大盛りにしてあげました。

 

 

 

アントナンカレームというオジサンが一皿づつサーブされるロシア式サービスをフランス宮廷内に持ち込むまで、フランスでは大皿宴会料理の取り分けとしていました。

ですので、肉は切り刻まれ冷めた状態でサーブされます。

しかし、ロシア式サービスでは熱いものは熱くサーブされるので、肉はカットされずに一人前づつきれいに盛り付けられました。

盛り付けられた料理を携帯していた剣で切って左手で手掴みで食べていたのです。

当然、指が汚れますので、指を拭いて隠すためにテーブルから垂れ下がるテーブルクロスが必要でした。

皿は陶磁器が登場するまでは木の板を使い、調理という行為の延長線上、最終工程として肉を切って食べるという文化があります。

これがレストランの原型、最上流部です。

 

イタリアから洗練された料理たちとともにフォークの原型がカトリーヌ・ド・メディチがフランスに嫁ぐことで一緒に持ち込まれ、現在の4本フォークとなりました。

最初に持ち込まれたフォークは4本角ではなく2本角でフルシェットという道具として現在でも調理場で肉をひっくり返したりモノを引っ掛けたりする道具として活躍しています。

 

肉を切るというのはレストランの楽しみです。人間の原始的な悦びと言ってもいいでしょう。

 

最近はわざわざピロピロカットしてくれるみたいでナイフ要らない料理全盛ですが、私はなるべく切りたくない。

もちろん、ソースを絡めて食べて欲しい料理は薄くスライスして表面積を広げて盛り付けます。

例えばマガモのサルミや鴨のオレンジソースです。

 

まあ、こう言うフェティシズムに近いこだわり豪速球で投げてもしっかりとキャッチしてくれる人がどれだけ居るかと考えると少し寂しくもありますが、自分の中に流行り廃りではないロジカルな部分は残しておきたいと思っています。